飼育困難に備える「ペット信託」
ペット信託は、飼い主が飼えなくなってしまう事態に備えて、飼育費用を遺し、その使い方を定めておく信託契約を作ることを指します。ペット信託の契約をつくることで、飼い主は安心してペットを託すことができるようになります。
近年、全国的に保健所に収容される犬猫の数は減少している一方、飼い主が飼えなくなった時、保護団体が保健所を介さずに直接的に引き取る事例や、飼い主がネット掲示板などを通じて自ら新たな飼い主を探す例が増えています。
保健所への収容数が減少し、殺処分ゼロが達成されているからと言って、飼育放棄の件数が減っているわけではありません。むしろ、ペットの命をペット信託は、今の時代からこそ、必要とされていると言えます。
飼いきれない世帯は必ず発生する。ペット信託は必要な制度
高齢者の入院や死亡による飼育困難は明らかに増加しています。生活困窮者世帯において、多頭飼育崩壊や、飼い主の入院などで飼えなくなる事例の相談は確実に増えています。
超高齢社会が進展する日本社会において、独居高齢者世帯は737万世帯、高齢者の夫婦のみの世帯は827万世帯(高齢社会白書、内閣府、2021)を数え、全世帯の3割が高齢者のみの世帯です。70代以上の犬猫の飼育率は犬で8.9%、猫で7.6%です(犬猫飼育実態調査、一般社団法人ペットフード協会、2022)。単純な掛け算をすれば、高齢者のみで犬猫を飼っている世帯は、258万世帯に上ります。もちろん、犬猫に限らなければ、さらに増えるでしょう。
これだけの世帯全てが、無事最後まで飼いきれるか?と問われれば、当然答えは「NO」です。保健所でも動物愛護団体でも、飼い主の入院や死亡、その他、年齢を重ねることによる生活困窮の進展等により手放された動物が、収容の多くを占めています。
ある意味、飼えなくなる世帯がいて当たり前の社会です。飼えなくなる人が一定数出ることがわかっているにも拘わらず、対応策を提示していないのが現状です。
ペット信託は、現代社会の飼育困難問題への一つの回答になるのではないかと思います。
ペット信託は、保護団体の問題を解決し得る
このような社会において、保護団体による多頭飼育崩壊・動物福祉の低下が問題になっています。
多くの動物保護団体は、無償で動物を引き受けています。スタッフの多くはボランティアで、一部有給職員がいても、非常に低賃金です。多くの動物が収容されればそれだけ費用が掛かりますし、場所も必要になります。にもかかわらず、最近では、動物行政だけでなく、社会福祉関係機関から、動物保護団体に飼育困難による動物の収容依頼が来ることが多くなっています。当然、無償での引取りを依頼されます。
公的機関すら、保護団体に頼っているにもかかわらず、保護団体に対する財政支援はほとんど行われていません。すぐに譲渡先が決まる動物ばかりではありません。依頼が続けば、保護団体に負担が集中し、十分な世話ができないにも拘わらず収容してしまうという状態に陥ることさえあります。
問題は、「動物保護=無償」というイメージであり、それが当たり前になっていることです。
ペット信託は、「動物保護=無償」というイメージではなく、しっかり必要な費用は飼い主が遺すという意思を持ち、必要な費用を負担することを明示した契約です。ペット信託を広めることは、「動物保護=無償」というイメージを変えていくことにもつながります。
適正な保護活動を行うためにも、ペット信託により、飼えなくなった後の費用を遺すという価値観を社会に広めていく必要があります。
高齢者譲渡を考える上でも、ペット信託が必要
動物保護団体や保健所・動物愛護センターでは、60歳以上、あるいは、65歳以上の世帯には譲渡しないという施設・団体が少なくありません。
最期まで責任を負うことのできる人に譲渡したいという願いはもっともな事です。しかし、これまで述べてきたように、高齢者のみの世帯が、全世帯の3割を占める社会である今、高齢者を譲渡対象から外してしまうことは適切とは言い難いでしょう。
高齢者も、当然ペットとの暮らしを望んでいます。行政や保護団体で譲渡しないからといって諦めるひともいますが、行政や保護団体から迎えられないならペットショップで迎えようとする人もいるでしょう。保護団体からなら年齢に見合った、成犬成猫や老犬老猫をマッチングすることもできますが、ペットショップで迎えるとなると子犬子猫になってしまします。譲渡に年齢制限を設けるデメリットも意識しなければなりません。
また、現役世代よりも時間のある高齢者世帯の方が、犬猫をより大切にできる場合も少なくないわけです。保護動物の幸せを考えても、高齢者を除外するのはデメリットを生じさせます。
こうした問題を解決するにあたっても、ペット信託が一般化することは重要な意味があります。ペット信託や、それに準ずる制度が当たり前に社会に受け入れられている状態であれば、高齢者であっても、ペット信託を利用することで、安心してペットを飼育できます。保護団体や行政の方も、ペット信託を利用することを条件に、高齢者に譲渡するという形をとることができるでしょう。
より包括的な支援を目指す「ペット後見」とは?
ペット後見とは、飼い主が入院や死亡などにより、万が一ペットを飼えなくなる事態に備え、飼育費用、飼育場所、支援者をあらかじめコーディネートしておくことで、飼えなくなった場合にも、最後まで飼育の責任を果たすための取り組みの総称を指します。
ペット後見の具体的な取り組み
私が代表を勤めるNPO法人人と動物の共生センターでは、「ペット後見互助会とものわ」というサービスを行っています。とものわでは、将来飼えなくなるかもしれないと考える飼い主の皆さんから個別相談を受け、飼育費用を遺す方法や、緊急時の対応方法や連絡網、保護・譲渡の方法を定めた終生飼育契約書を取り交わし、いざという時に備えられる枠組みを提供しています。
ペット後見の仕組み
ペット後見では、飼い主のいざという時に駆けつけ、動物を保護し、新しい飼い主を探すという活動を行います。これを成立させるには、以下の3つの要素をあらかじめ決めておかなければなりません。
①飼育費用遺し方を決める
②飼育の受け入れ先を決める
③見守り・緊急対応してくれる人を決める
これらは単独では成立しません。飼育費用の遺し方だけ決まっていても、飼育の受け入れ先がなければ動物の行先がありません。飼育費用の遺し方を決めて、飼育の受け入れ先も決めていたとしても、緊急時に対応してくれる人がいなければ、動物の保護ができません。
これらの要素について、飼い主とじっくり相談し、飼い主それぞれの事情や居住地に合わせて、取り決めた契約書を作っておくことが、ペット後見の肝となる部分です。
飼育費用の遺し方を決める
ペット後見を成立させる一つ目の要素は、飼育費用の遺し方を決めることです。ペット信託も飼育費用の遺し方の一つの方法になりますが、その他の方法もあります。飼育費用の遺し方には、主に以下の5つの方法があり、それぞれの状況に合わせて、比較検討して利用する方法を決めるようにすべきです。
負担付生前贈与
負担付生前贈与とは、金銭等の財産を贈与する代わりに、一定の債務を負担する贈与契約です。ペットの世話をすることを条件に金銭を贈与する場合がこれにあたります。
負担付生前贈与は、口頭での契約も可能ですが、トラブルにならないようにするために、契約書を作成した方が良いでしょう。
民事信託(ペット信託)
信託とは、財産を所有している委託者が、受託者に対して一定の目的をもって財産の管理や処分を任せる行為を指します。信託には、商事信託と民事信託があり、商事信託は信託報酬を得る目的で業としておこなうもの、民事信託は報酬を目的としない家族などが受託者になるものを指します。
ペット後見では、ペットの飼い主が委託者となり、受託者は信託財産を飼育費用として活用しペットの飼育を行います。民事信託は、家族や信頼できる友人など受託者を頼める人がいることが条件となります。
負担付遺贈
遺贈とは遺言によって財産を贈与することを指します。負担付遺贈とは、一定の債務を負担することを条件にした遺贈を指します。遺贈を行うためには遺言を作成しておく必要があります。遺贈する相手は、個人でも法人でも可能です。
ペット後見で負担付遺贈を使う場合は、ペットを飼育することを条件に財産を譲る旨を記した遺言を作成することになります。遺言は公正証書にして、公証役場で保管することで、遺言が適正に執行されやすくなります。
少額短期生命保険
少額短期生命保険により、飼育費用を遺すこともできます。スマイル少額短期生命保険のペットのお守り保険は、万が一飼えなくなった時の保障を行うことを目的に開発された保険で、入院時の入院給付金や、死亡保障・重度障害補償が受けられます。死亡保障の受取人は、家族だけでなく、あらかじめ指定した友人を指定することができるため、ペットの飼育を頼む友人に飼育費用を遺すことができます。一方、法人や事業者が死亡保障を受け取ることはできないという問題点があります。
生命保険信託
生命保険信託は、生命保険と信託契約を合わせた仕組みです。ペット後見互助会とものわでは、プルデンシャル生命・プルデンシャル信託が提供する生命保険信託を利用して必要な飼育費用を遺せるようにしています。
生命保険信託では、生命保険金を信託財産として、受益者に交付することができます。但し、プルデンシャル生命・プルデンシャル信託の生命保険信託では、受益者に指定できる法人は、認定NPO法人など、公益性の高い法人に限られるため、飼育費用の受取ができる法人が限られるという問題点があります。
飼育の受け入れ先を決める
飼育の受け入れ先を決めることは、飼育費用の遺し方以上に飼い主さんが気になる点だと思います。いくらお金を遺しても、適切な飼育管理をしてもらえないのであれば、飼育費用を遺した意味がありません。
信頼できる受け入れ先を決めるためには、飼い主さん自身が動く必要があります。以下の受け入れ先をあたってみるようにしましょう。
まずは親族
私が相談を受ける時も、意外や意外、親族に相談されていない方もいらっしゃいます。親族が飼育してくれるのであれば、様々な面で一番スムーズです。相談できる親族がいない場合は別ですが、まずは親族に相談してみましょう。
友人知人
ダメ元でも、一度友人知人に話をしてみるのもよいでしょう。ただ、友人知人となると同世代が多いでしょうから、万が一の際に託すことを考えると、一世代下の友人知人にあたってみると良いでしょう。
お世話になっているペット事業者
次に、お世話になっているトリミングサロンやトレーニングスクールなど、ペットホテルを営んでいるペット事業者の方にお願いできるか聞いてみましょう。ペット後見に理解のある事業者であれば、話は早いでしょう。
老犬老猫ホーム
老犬老猫ホームにお願いするということも選択肢の一つです。老犬老猫ホームの場合、普段お世話になっているペット事業者と違い、日頃から面識がない場合も少なくないでしょう。見学に行くなど、信頼関係を築く努力をしていくことが大切です。
保護団体
保護団体出身の元保護犬猫の場合は、出身の団体がペット後見の取り組みに前向きであれば相談に乗ってくれるかもしれません。『飼うなら最期まで』ということが前提で譲渡されていると思いますし、受け入れスペースにも限りがあるでしょうから、団体の状況に合わせて相談するようにしましょう。
見つけられない時は…?
お住いの地域や、知り合いの中で飼育の受け入れ先が決められない場合は、以下のリストからお近くの事業者に連絡すると、相談に乗ってもらえます。
【参考】https://pet-kouken.jp/alignment-list/
見守り・緊急対応してくれる人を決める
飼育費用の遺し方、いざという時の受け入れ先が決まったら、見守り・緊急対応をしてくれる人を確保しましょう。
緊急対応が可能な人とは、家まで来て、動物を預かって移動させてくれる人と考えると良いでしょう。自分が救急車で運ばれたあと、動物が家に取り残されてしまっては、ペット後見の意味がありません。緊急保護をお願いできる人を確保しておく必要があります。
こうした対応を行ってくれる人はペットシッターです。ペットシッターを利用したことがない方も多いかと思いますが、いざというときにいきなり知らない人に家に来てもらうのは心配な面もあります。ペットシッターとの関係こそ、日常的に築いておくべきものです。
お近くのペットシッターの方に実際に日常の世話をお願いしてみて、人柄や、動物を扱う技術を確認しておくことが大切です。
最後まで責任を持つ形は様々
ペットの飼育に対して「最後まで責任を持つ」ことは基本的な飼い主の姿勢です。
ペット後見は、「自分が飼えなくなっても、最後まで責任を持ちたい」という気持ちに応えるための仕組みです。ペット後見が広がり、多くの事業者が参加することで、多くの飼い主が安心してペットとの生活を送れるようになるはずです。
これから先、ペット後見の輪が広まり、誰もが当たり前に、もしも自分が飼えなくなった時に備える社会になっていければと考えています。