高齢者が犬と暮らす事のメリット
高齢者が犬などのペットと暮らすことは様々なメリットを生む。場合によっては、社会保障費の削減に寄与する可能性すらある。
高齢者が犬と暮らすことで、いわゆるアニマルセラピーの効果が得られることが知られている。アニマルセラピーとは日本で作られた造語で、動物とのふれあいや相互作用から生まれる様々な効果を内包している。目的によって、大まかにAAA(Animal Assisted Activity)=動物介在活動、AAT(Animal Assisted Therapy)=動物介在療法、AAE(Animal Assisted Education)=動物介在教育の3つに大別される。AAAはレクリエーションやQOLの向上のような目的で行われるもので、AATは医療行為の補助療法として、AAEは教育プログラムの一環として実施される。いずれの手法も、動物が近くにいることで人にとってプラスの効果を得ることを期待して実施される。
動物が高齢者にもたらす効果は、生理的効果、心理的効果、社会的効果があると指摘される。生理的効果としては、見つめ合ったり触れ合ったりすることで、絆ホルモンと呼ばれるオキシトシンの分泌が増加することや、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌が減少するなどの効果があることが知られている。またペット飼育者はペットを飼育していない人に比べ、心疾患後の1年間の生存率が高く、病院への年間の通院回数が少なく、医療費負担額が少ないとの研究結果もある。心理的効果については、孤独感が癒される、娯楽・友情・安心感がもたらされる、世話をすることで自己効力感が向上することが多くの観察と研究から見出されている。国内における高齢者と犬との関わり合いの研究では、犬を飼育している高齢者は、IADL(手段的日常生活動作スコア)が高いことや、ペットとの関係が親密なものほど抑うつや孤独感が低く、精神的健康が高いことが示されている。社会的効果としては、散歩中に出会う人との会話の増加がみられることが分かっている。
このように、高齢者が犬を飼うことによって、様々な効果が期待される。高齢者自身のQOL向上につながるだけでなく、要介護になることが少なくなれば社会参加が増え地域の担い手となったり、健康寿命が延びれば社会保障費を削減する効果も期待できるかもしれない。
高齢者が犬と暮らすことのデメリット
一方で、ペット飼育と心身の健康状態には関係性が見られないという研究や、ペット飼育の有無ではなくペットとの愛着度が重要な変数であるとする研究、仕事をする女性や64歳以下ではペットの有無や愛着度によって抑うつや精神的健康に影響がないとする研究も見られる。第2章で指摘したように、基本的愛着関係を築ければ、犬との生活は幸せなものになるであろうが、依存的愛着関係や、問題行動に悩んでいる場合は、むしろ幸福度が下がる傾向にある。
高齢者へ将来への不安に関するアンケート調査では、60代以上の飼い主では、自身と配偶者の健康・病気(66.0%)、自分や配偶者が寝たきりや体が不自由になり介護が必要な状態になる(49.7%)、その次がペットの将来・病気や死別(48.6%)であり、生活のための収入(24.5%)、頼れる人が居なくなり一人きりの暮らしになる(13.2%)と続く。ペットを飼っていることで、自分のことだけではなく、ペットのことも考えなくてはならず、不安の対象が多くなる。
高齢者が犬を飼うことは、多くのメリットが期待できる一方、しつけや日頃のケアも含め、適切な関係が築けなければ、そのメリットを享受するどころか、QOLを低下させることになりかねない。また、将来飼えなくなる事を心配しなければならないことも負担の一つになる。もし本当に飼えなくなった時に適切な備えがなければ、犬の行き場がなくなり、殺処分となるかもしれない。高齢者が飼育するにあたっては、メリットのみに焦点を当てず、デメリットを十分管理できるかどうか検討しなければならない。